ぎんちゅうのラノベ記録

主に読んだライトノベルの感想を書いています。

【シリーズまとめ感想part52】竜と祭礼

 今回感想を書いていく作品は「竜と祭礼」です。

 GA文庫より2020年に刊行されていた全3巻のシリーズ。作者は筑紫一明。イラストはEnji

竜と祭礼 ―魔法杖職人の見地から― (GA文庫)

※画像はAmazonリンク(1巻)

 

 

 いつもであれば、最初にシリーズの大まかな内容を話すところですが。

 本作は基本的に1巻ごとに話の区切りが着くような形式なので、1巻ごとにその巻の内容と感想を話していこうと思います。全3巻なので、そこまで長くならないでしょう(フラグ)

 

1巻感想

 魔法杖職人の弟子であるイクス、彼の元に、彼の亡くなった師が作った杖の修理依頼で少女ユーイがやって来る。ユーイの杖は竜の心臓と呼ばれる素材を使っていることは分かっても、竜とは既に滅びた存在……、あてのない修理依頼、一本の杖を巡る二人の物語が始まる。

 そんな感じのファンタジー作品です。

 

 1巻の印象としては「じわじわと心に染み入るファンタジーが良い……!」と言った感じ。

 

 本作の良さはやはり、失われた過去に迫ること、これに他ならないでしょう。

 既に滅びたとされる存在、しかし過去に存在したのであれば何らかの記録があるはずだ。地道に文献を漁り、わずかな手がかりから推測して、それを手がかりにまた調べる。この繰り返し。

 そしてその中で見えてくるのが、過去から現在まで続くもの、その意味や意義。

 竜の伝説、街に伝わる祭礼。それを残そうとした者の想いがあれば、同時にそれを葬ろうとした何者かの意思もある。

 更に言えば、数千年の過去があれば、数百年、数十年の規模の過去だってある。

 イクスに亡くなった師が残したもの、東方の民であり王国から侵略され故国を滅ぼされたユーイがその目で見た痛ましい過去の争い、そういったものにも同じようにどこかの誰かの何かが残っている。そして残す者と葬る者があるように、戦争で滅ぼす者と滅ぼされる者があるように決して相容れない関係というものもあるだろう。

 しかしイクスとユーイが竜の伝説を求めてそうしたように、いつかの未来で再び相容れる時は来るのかもしれない。そんな風に幾重にも折り重なった歴史の重さをじわじわと感じながら、確かに広がる物語と世界、これがすごく良かったと思います。

 

2巻感想

 1巻からしばしの時を経て、2巻は魔女と伝承にまつわる話。

 姉弟子から魔女に関する調査をしてくれと言われ、同行者としてユーイとその友人ノバをつけられたイクス。口伝えの情報を頼りにして、とある村を訪れて……という感じで話が進んでいきます。

 

 1巻同様にやはり少しずつ過去から現在に続く何かを探っていく様子がすごく良かったですね。ワクワクする面白さや興奮とは違うけれど、作品の世界にのめり込んでしまう魅力が詰まりまくってる。

 魔女の調査から始まったお話は、イクスの出生や彼の初めて作った杖、不死と噂される魔女の正体と真実、そこにまつろう竜の知恵、魔法や魔力というものの在り方、そして今また始まろうとしている滅ぼされたはずのユーイとその故国を巻き込む問題の予感。様々な問題が交錯して広がる物語がどうなるのか……、と3巻への期待が膨らみます。

 

3巻感想

 というわけで、早々に3巻の感想に来ましたが、今回は正直ここがメイン。

 

 もうね、心がメタメタにされましたよ。

 1巻2巻も思わず読みふけってしまう面白さはあったけれど、それを一段越えてきて読者の心臓を鷲づかみにしてそのまま握り潰すくらいの恐ろしい感覚がありました。作者のあとがきでこの3巻はいちばんのんびりした巻とか言ってるけど、どう考えても嘘。

 これで続きがないのか……、と思うと心に空洞ができて泣きそうになる。

 本当に素晴らしかった。個人的に傑作です。

 

 改めて3巻の内容に触れていきましょう。

 

 今回はとある修道院から魔法杖製作の依頼を受けたイクス。そこでは同じ職人見習いのシュノと出会う。魔法杖に関するお互いの見解を話し合い、職人としての自分を省みることになって……。

 一方で、故国に帰るはずだったユーイは同じ街で、マレー教の神学会議に参加させられていた。そこでは教典の統一的な解釈の議論の他、街に伝わる究極の魔法杖から、現在の魔法杖職人の行方、果てには東方の神聖な血筋であり現在は敗戦国の実質的な人質として扱われているユーイの立場にまで議題が巡って……。

 

 と、同じ街にいながら並行する二人の話で進んでいたのが3巻です。

 まず、この二人の話が並行しているというのがキー。

 これまでもイクスとユーイは主人公、ヒロインとして同じ物語にいたけど。

 そこに本人たちの意思のようなものはほとんど無かったんですよね。必然性がないと、言えばいいでしょうか。依頼人と職人、調査の同行人くらいの偶然同じ問題に関わってきただけの関係。

 それを思えば、そもそも同じ道にいる人間ではないことは明らか。

 だから今回のこれはそれが今まで以上に強調されていたような感じ。しかし、同じ街にいる、同じ問題に関わってくる、そんな運命的な何かを感じる二人の関係性。これが絶妙すぎて読み応えがあるんですよ。

 何よりもこのあとに話しますが、この二人の最後には本当に本当に心を貫くくらいの衝撃があった。

 

 

 そんな感覚を得るためにあった今回の主題は、宗教問題、神の在り方、そして職人の未来。

 ユーイが酸化している宗教の価値観と論理が飛び交う議論。そこに魔法杖の歴史、現在の科学のそれにも通じる話が交わってきて濃厚すぎる話が広がっていくんですよね。神の証明、職人が目指す理想、学者が世界の真理を追究する意味。

 立場の違い、価値観の違いはもちろん。生まれが違えば、育ちが違えば、知っている知識の前提が違えば、それだけで人の考え方というのはどこまでも変わってしまう。だというのに、その違いを受け入れることも、理解することも、あるいは呑み込み同一とすることもできてしまう。その最たる例はやはり、あらゆる事象を自らの神によるものであると解釈をできてしまうマレー教が見せた恐ろしさ。

 1巻でも話したような、決して相容れることのない人が同じ世界に存在する、けれどいつかのどこかでそれが交わることもあるだろう、みたいなものをリフレインしつつ、それ以上の凝縮がされていた一種の極地を見せられたように感じます。

 

 そんな問題と論争の中にいたのがユーイ、そして魔法杖職人として巻き込まれていくイクス。

 終盤に来て佳境を迎えると、議題は滅ぼされた故国で神として扱われていたユーイの問題になってくる。既に滅びてしまった国の話とは言え、マレー教を持つ現在の国の中で神を騙る彼女を許しておけるのかと。

 これまでユーイがどれだけ不安定な立場にいるかなど知らず、考えようともしなかったイクスがようやく動き出す。これで遂に二人が交わるのかと、ヒーローがヒロインを救う一発逆転があるのかと、そんな興奮があって。

 しかし、そんな希望は即座に砕かれる。それまで交わらなかった二人が、そんな都合の良いハッピーエンドなど迎えるはずがないだろと、イクスとユーイの立つ場所はそもそも違うんだよと明確に示すような断絶。そしてユーイの笑顔。

 あのシーンで衝撃だったのは、明確に過酷な立場にいるユーイが辛いわけでは無かったこと。ユーイは笑っていたんですよ。その奥にはたしかに色々思うことはあるだろうけど、彼女は自らの不自由を全て受け入れている。

 だからあの一瞬は。ユーイのことを考え始め、その背負ってるものを知っているからこそのイクスの心情を思うと、胸が痛い。初めて、自分から動き出した主人公の結果がこれなんだから……。

 だというのに、そんな感傷にはまだ浸らせてくれない。まだ終わってない。ユーイがその不自由の中で、全てを諦めているわけではなかったのだから。

 

 そうして最後に描くのは完全に途絶えたかに思えた二人の密会。

 ここまでユーイの宗教話を優先していたけど、最初に言ったようにイクスの魔法杖職人としての話も並行してあったんです。そこでイクスは同世代の職人見習いと話して、魔法杖職人としての自分と他人の違いを徐々に自覚していく。さらに職人の誰もが目指す魔法杖の真実と、そこから職人では決して届かない未来の技術というものを思い描けてしまった自分自身に絶望してしまう。

 だけど、そんなイクスにユーイが言うのよ。

 小さな未来の約束。ただしそれは根拠のない希望なんかではなく。それは人が歩む歴史として考えれば間違いなく来るだろう世界の話。そこまでにはまだまだ苦難が山積みだろうし、そしてそこまではもうイクスとユーイが交わることは決してないかもしれない。

 「だから、今は、決して交わらないように思えても」

 「今が過去になり、未来が現在になったとき、そのときにはきっと……」

 そんな言葉で表せばいいのか。

 わたしがこの作品を読んで、本作を象徴する要素であると思う「過去と現在」がここで完全に昇華した。

 

 ねぇ、イクスとユーイの未来はどうなってますか?

 二人はまた本当に巡り会うことができたのか?

 巡り会えたとしても、そのときも立場は違う二人がどんな関係を築けるの?

 そんなユーイとイクスの進む未来が、気になって気になって仕方ない。

 

 歴史を学び。

 神話をその目にして。

 伝説や伝承に触れてきて。

 そしてそこから続いてきた現在と、ここから続く未来を見る。

 この作品はそんな大きな世界を持つ壮大なファンタジー作品でしたよ。

 本当に、本当に、素晴らしかった。

 

巻別満足度と総合評価

 最後に本作の巻別満足度と総合評価です。

 

 まずは巻別満足度。

 今回は感想自体巻別で行ったので、その分量の具合でお察しかもしれませんが1巻2巻の段階では普通に「こういうのすごく良いよね」だったのが、3巻で一気に壁を越えてきて打ちのめされました。

 

 総合評価も言うまでもなし。

 シリーズ全体を通しての満足度は ★10/10

 文句なしで傑作でした!!!

 

おわりに

 正直、今回は2020年発売の作品で「何故、発売当時読んでなかったんだ……!!」と言いたくなるものでした。

 何度も言うと陳腐になりそうですが、それくらいに良かったんですよ。

 この余韻にいつまでも浸っていたい。

 そして、続き読みてぇ……。

 

 という感じで、今回の感想はこれで終わりにします。

 

 最後に1巻のAmazonリンクとBOOKWALKERリンクを貼っておくので、気になったらチェックしてみてください。

bookwalker.jp

 

 

前回のシリーズまとめ感想「ささみさん@がんばらない

【シリーズまとめ感想part51】ささみさん@がんばらない - ぎんちゅうのラノベ記録

 

次回のシリーズまとめ感想「花守の竜の叙情詩」

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