ぎんちゅうのラノベ記録

主に読んだライトノベルの感想を書いています。

【シリーズまとめ感想part57】B.A.D. Beyond Another Darkness

 今回感想を書いていく作品は「B.A.D. Beyond Another Darkness」です。

 ファミ通文庫より2010年~2014年に刊行されていた全13巻+短編集4巻のシリーズ。作者は綾里けいし。イラストはkona

B.A.D. 1 繭墨は今日もチョコレートを食べる (ファミ通文庫)B.A.D. 13 そして、繭墨は明日もチョコレートを食べる (ファミ通文庫)

※画像はAmazonリンク(1巻および13巻)

 

 

作品概要

 まずは、作品の概要から簡単にご紹介。

 

 本作のジャンルは「ミステリー」&「ダークファンタジー

 

 繭墨霊能探偵事務所。

 そこの所長はゴシックロリータを好み、チョコレートだけを食べる少女・繭墨あざか

 傲慢で我儘で、人並みの情もなく、ただ自らの退屈を紛らわすような凄惨な事件ばかりを選り好みして引き受ける彼女に振り回される主人公が小田桐 勤

 「人の内臓が落下するビル」「笑うしゃれこうべ」「歪な人魚姫」などなど……、不可解で残酷な事件の数々に関わっていき、小田桐くんが心に思うこと、繭墨の逃れられない運命なんかが描かれていくお話でした。

 



 そんな本作は全13巻+短編集4巻で構成されています。

 そして本編は大きく3つのくくりに分けることができます。

 

 1~5巻の「繭墨あさとの章」

 6~9巻の「雄介の章」

 10~13巻の「繭墨あざかの章」

 

 繭墨あさとの章は、小田桐くんが数々の事件に関わる元凶となった繭墨あさとによって手引きされる事件の数々を通じてやがて彼との関係に1つの決着をつける内容。

 続く雄介の章は、1巻2番目の事件で登場して以降、小田桐くんたちの事件に度々首を突っ込んできていた高校生・嵯峨 雄介、彼にフォーカスして繰り返される憎悪の連鎖を断ち切るために小田桐くんががんばるお話。

 最後の繭墨あざかの章は、本作の最終章。繭墨家の逃れられない運命に立ち向かうお話でした。

 

 そして短編集はこれら13巻では描けなかった過去話や日常を補完するものでしたね。

 この短編集は基本的に本編読み終わったあとに読んで問題はないものですが、いくつかのお話は本編刊行の時系列に合わせた内容になっているので、できることならこの短編集を含めて刊行順に読むことをオススメしたいシリーズになっていました。




1:繭墨というヒロイン

 正直、本作については何から感想をまとめたものかと思いましたが。

 まずはやはりシリーズ全体を通して表紙を飾る看板娘(?)の繭墨あざかというヒロインについて、お話ししましょうか。



 彼女について、最初に一言言うなら。

 まーーったく可愛くないです。

 性格がねじ曲がってもはや千切れてると言ってもいい。

 

 なので、本作を可愛いゴスロリの女の子を愛でようと思って読むのはオススメできません……。

 

 が、しかし、それでもB.A.D.という作品の看板となるのは繭墨だったと言えます。

 

 何故だろうと考えてみたんですよね。




 小田桐くんの言うことなんかには耳を貸さず、ただ自分の退屈を紛らわすためだけに悲惨な事件に首を突っ込むだなんてあまりに歪んだ性格。

 決して可愛いだなんて言えない彼女だけど。

 

 それでも、彼女は決して自分を曲げない。

 

 普通だったら、主人公とヒロイン、それぞれが物語を通じてお互いに成長したり変化したりするものですが繭墨にはそれが全くないのです。

 

 

 個人的にはこれこそが、繭墨が本作の顔たる所以ないかと思いました。



 B.A.D.はとにもかくにも精神的にキツい事件の数々を描く作品です。

 人の命は簡単に失われるし、その心は弄ばれるし、幸せとかハッピーエンドってどこにあるんだろうという空気感がずっと漂う。

 そんな日々の中で狂わない人間なんかいないのですよ。

 主人公である小田桐くんは言うまでもなく、全巻を通じて何度も何度も目の前で絶望に直面している人を見続けて、その心を壊している。

 きっと読者も同じように思えるのでしょう。

 

 そして、だからこそ繭墨という存在が強い。

 決して変わらない。曲がらない。

 彼女だけは常にそこにいる。

 トレードマークのゴシックロリータを身につけ、好物のチョコレートを口にして、あまりにねじ曲がった性格で人の不幸を鑑賞する。

 

 それがもう、不思議な安心感になっているんですよ。

 読み進めていけば分かります。

 たとえそれがどれだけ普通でないとしても、狂気に満ちた日常の中で絶対に変わらない者っていうのはそれだけで心の拠り所にできるのだと知りました。

 もちろん、小田桐くんと繭墨の間には「鬼の子ども」という存在もあって、切っても切れない縁があったでしょうが、それでも決して離れずことができずにずっと側に彼女がいてくれるという事実はそれだけで強い支えとなっていました。



2:繭さんと小田桐くん

 繭墨と小田桐くん。

 

 繭墨霊能探偵事務所に務める本作のメインとなる二人。

 

 既に述べたように異能や怪異にまつわる事件だけを扱い、その結末はほとんどの場合が悲劇に終わる、そして決して誰にも指図を受けない繭墨にふりまわされる小田桐くん。

 繭墨のように人の事件を趣味として楽しめるわけでもなく、むしろ心を壊してしまうような優しい男である……、とこれだけ聞いたら言いたくもなるのが。

 

「なんで小田桐くんは繭墨から離れないの?」ということ。

 

 ここには本作の要となる設定が関わってきます。

 

 それは「小田桐くんは、繭墨あざかの兄・繭墨あさとによって、その腹の中に鬼を孕まされている」というものです。

 鬼の子どもは、小田桐くんの強い感情を糧とし、その腹を裂いて生まれてくる。

 当然、そうなったら小田桐くんは死んでしまう。

 そんな鬼を腹の中に抑えておけるのは繭墨だけ。

 

 だから、小田桐くんは繭墨から離れることができない。

 生きるためにはそうせざるを得ない。

 それだけの理由、そしてこれ以上がない理由。

 

 

 そんな事情がある状態からスタートするお話が本作1巻というわけです。

 二人の出会いから、小田桐くんが彼女を「繭さん」と呼ぶようになったきっかけ、1巻のスタート状態に至るまでの物語は短編集であるチョコレートデイズにおいて語られますが、これは読むとたしかに本編じゃなくて良かったなと思いましたね。

 なにせ繭墨と関わり始めたばかりの小田桐くん(悲劇耐性ゼロ)は本当に見てて大変ですよ。主人公じゃなくて、巻き込まれた可哀想な一般人Aくらいなもので。



 ただ、これは既に述べたように。

 最初こそ、そういった生きるためという理由で始まった二人の関係でしたが。

 決して変わらない繭墨と、何度も何度も心を痛めてそれでも悲劇に救いの手を差しのばそうとする小田桐くん。

 そのコントラストや繭墨に向ける小田桐くんの思い、そういったものは本作の軸として作品に深く深く根付いていたのは間違いなく。

 

 そして、そうであるからこそ描くことのできた最終巻と結末というのはとても良いものだったと思います。



3:雄介の章

 さて、本作が大きく3つの章に分けられるという話をしましたが。

 

 個人的に好きだったのが、第2章にあたる雄介の章。

 

 この章は小田桐くんでも、繭墨兄妹でもない雄介に焦点をあてていて。

 直接的に本作の鍵となる繭墨家の話に関わる部分ではなかったのですが。

 これが「繭墨あさとの章」と「繭墨あざかの章」という2つの間に差し込まれるお話として完璧すぎる内容だったと思うのですよ、これがすごく良かったのです。

 

 まず第一に、雄介という男は1巻2番目の事件で登場したキャラであり。

 そこからは準レギュラーのような立ち位置で物語には度々関わってきていました。

 そんな彼を掘り下げるこの章は「事件が1つ終わったら、それで全てが解決……そんな甘い現実はない」という事実を見せてくれた。

 

 1巻から描かれる様々な事件の数々は、人の心を壊すには十分すぎるものばかり。

 であればこそ、事件が終わったらそれで終わりとはいかない。

 生き延びた人はずっと心に抱えるものがあって、その想いは日常に吐き出せないまま生き続けるしかない。やがて感情は爆発するかも知れないし、ぽっきりと心を完全に壊してしまうかもしれない。

 そんな不安定さを描き、そしてそうであるからこそ起こってしまう憎しみの連鎖は必然であり、ある意味で決して逃げることのできない運命。

 

 悲劇を描く作品であるからこそ、この「地続きのお話」を感じさせる構成がバシッとハマってたと思うのです。



 更にここで小田桐くんの周囲にいる人々に深く踏み込んだことで繋がる最終章。

 繭墨あざかに踏み込むクライマックスは、まさしく小田桐勤という男の集大成。

 これまでずっと諦め続けずに悲劇に立ち向かってきたメンタルとそれで培った周囲の人との絆、そういったものの全てがあってこそ吐き出した言葉の数々が胸にグッときますし。

 決して変わらない曲がらない繭墨あざかだけど、その一番近くにいる小田桐勤は幾度となく変わって変えてきたという対比がシリーズを通していちばん強く見せられる。

 

 最終巻にはこの作品ならではの積み重ねを感じる結末がある、

 ならば、その積み重ねに一番重く関わったのはどこだろう?

 そう言われたときに、わたしはやっぱり雄介の章の影響は大きかったように感じるわけです。



 だからわたしはこの章が好きです。

 小田桐くんが大きく変わった章だし、雄介含む多くのキャラが深掘りされた章で、キャラ推しでシリーズを読むわたしにとってはグッとこの作品を好きになれた部分でしたので。



4:白雪さんマジ天使

 

 本作の看板娘は繭墨あざか。

 

 しかしながら、彼女はあんな性格ですから心の拠り所にはなれても、小田桐くんを愛して愛されるそんな存在には決してなれません。

 

 そういう意味での本作メインヒロインはやっぱり2巻で登場する彼女、水無瀬白雪。

 

 彼女は描いた文字を具現化できる異能の一族の当主。

 一族のしきたりから舌を切られて、筆談でしか会話もできない。

 2巻を通じた事件において小田桐くんにその命を救われて以来、無償の愛を見せてくれる子なのですが。

 この無償の愛が重いわ強いわで、もう最高なんですよ。

 

 何と言えばいいでしょうね。

 一度は捨てるはずだった命、それまで自分の全てだった価値観、そういったものを壊されて救われた子だからこそ吐き出せる想いの数々。

 彼を愛して、彼の力になれるなら何でもしたくて、それを言動ではっきりと示してくる。特に行動。喋ることができないから、筆談だけじゃ足りない、その一挙手一投足と表情でこれ以上ないくらい鮮烈に小田桐くんのことを想っているのだと訴えかけてくる。

 どこまでも純粋で一途なその愛情は「どんな絶望の中でも、小田桐くんに救われた命があることの証明」となり、それ故に「絶対に逃げることは許さない」小田桐くんの原動力に繋がっていく。

 それは繭墨とは違う意味で、絶対に揺るがない存在。

 

 ””夫の尻を叩く女房として完璧すぎるヒロイン””

 一言で言えばこれなんですよ。

 

 彼女がいたからこそ、小田桐くんがこのシリーズを駆け抜けることができたのは言うまでも無いですし、徐々に彼女の愛にほだされていきソレに負けないくらいの愛妻家になっていく姿はなんか笑えて面白いくらい。



 以前読んだ、同作者の「異世界拷問姫

 この作品でも主人公の櫂人と、彼の主人であるエリザベート、そして彼に無償の愛を捧げるヒナという三人による関係性が素晴らしいものでありましたが、その原点がここだったのかとそう思えるものがありましたね。

 

 

5:その他、本作で思ったこと

 この作品、感想をまとめようとすると色々言いたいことが出てきてしまうので。

 残りはもう短くまとめていこうと思います。

 

・1巻と10巻がめちゃめちゃ読みづらい……

 小田桐くんのお腹の中にいる鬼の子。人の血に触れることで、彼女がその人の記憶を小田桐くんに見せることができるのですが……、1巻はこれによってどこまでが現実でどこまでが虚構なのかがすっごい分かりにくい。

 そして10巻は終始夢の中みたいなお話だったので、同様に頭の中がバグります。

 読みづらかった……。

 

・繭墨あさとは面倒くさい

 他人の願望を歪んで叶えていくあさと。

 それによって小田桐くんも鬼を腹に抱えることになって、第1章では数多の事件が起きたわけですが。

 まぁーー、その元凶になったあさとは面倒くさい。

 あさとと小田桐くんの会話の噛み合ってなさを見るとすごいですよ。糠に釘、暖簾に腕押し、常に平行線みたいなやり取りをずっと続けてるのを見てると苦笑しか漏れてこない。

 あさとは面倒くさいし、小田桐くんも面倒くさい。

 事件の加害者と被害者になるんだろうけど、こいつらなんだかんだで仲良さそうだよなと思ってしまいました。

 

・七海ちゃん強い

 小田桐くんの住むアパートの大家さんの孫娘。

 小学生とは思えないほどの胆力で、事件に直接関わることはあまりないのですが、その口から吐き出される言葉の数々に強く胸を打たれることは数知れず。

 また、雄介とは致命的なまでに性格が合わず、この二人が揃うお話は喧嘩が絶えず騒々しくなってめっっちゃ楽しかったです。

 

・綾ちゃん……

 異能の事件の中で生み出されてしまった異形の少女・綾。

 七海の家に居候することになった彼女は短編集やささやかな日常で見せる普通の人らしい姿がすごい良かった。

 悲劇ばかりのこの作品最大の癒やしで、七海と一緒に日常の象徴であり続けた、と個人的には思ってます。

 

・異能の家系

 白雪さん含む、各種異能の家系で起こる事件。

 見るたびに「なんでこいつらはこんなに頭固いんだ。伝統に固執しすぎだろ……。そのせいでこんな悲劇が生まれるんじゃないの?」とか思うのですが、それと同じくらいにはそういう家系だからこその信念だとか強い想いを感じられるお話が多くて。

 悲劇の中でも、ときどき心に残るようなものがあるお話が好きでした。

 

・唐繰舞姫、実は結構好き

 雄介の章で、憎しみの連鎖に関わった当事者の一人。

 人形師の家系に生まれた少女で、彼女もかなり自分を曲げないタイプの人間。

 自分の信念は曲げず、愉快犯のように振る舞う姿もあって、好き嫌いは別れそうな印象がありましたが、個人的には好きでした。

 やはりこういう作品ならではの、強い信念というのが見てて楽しいのですよ。

 

・ダークファンタジー要素

 本作は数々の悲惨な事件があって、エグい描写も数多くありますが。

 異能やら怪異やらが関わる部分が多いために割とファンタジーとして受け入れてしまえば、そういう重かったり残酷だったりするものが苦手なわたしでも読めるものではあったように思います。また挿絵としてヴィジュアルでそういう直接的な描写があまり無かったのも良かったでしょうか。

 とはいえ、逆に現実的な暴力や殺人といった部分になると、そういう誤魔化しもできないので普通にメンタルやられるのですけどね……。



巻別満足度と総合評価

 最後に本作の巻別満足度と総合評価です。

 

 まずは巻別満足度。

 感想でも述べたように、中盤からグッと好きになっていったシリーズだったのと、1巻10巻がすっごい読みづらかったのでこういう形になりましたね。

 

 総合評価は★7.5/10、でしょうか。

 シリーズ全体を通して見ると十分に満足できた作品でしたが、個人的な好みとしてはやや弱かったかなという感じです。

 

 包み隠さず言うなら以前読んだ「異世界拷問姫」や「アリストクライシ」の方が好きだったのですよね。(感想リンク貼っておきます)

【シリーズまとめ感想part21】アリストクライシ - ぎんちゅうのラノベ記録

【シリーズまとめ感想part26】異世界拷問姫 - ぎんちゅうのラノベ記録

 

おわりに

 綾里けいし先生のデビュー作であるB.A.D.を読みました。

 これまでの読んできた作品に通ずるものを数多く感じながら、楽しく読むことができていました。

 これを踏まえて、今度は最近ガガガ文庫から刊行されていた「霊能探偵・藤咲藤花は人の惨劇を嗤わない」を読んでみたいですね。霊能探偵と言いますし、あらすじも見てみる感じ、このB.A.D.と世界観が繋がっている? ようなので。